汚染土はどこへ行くのか

福島第一原子力発電所の事故は2011年3月11日に発生した。これは同時に発生した東日本大震災の後の巨大津波によるものであった。破壊された発電所は作り直せばよいが、原子力発電所の周りに広がる土壌だけはそういうわけにはいかない。2020年東京電力福島第一原子力発電所では放射線量が大幅に低下し、防護服の着用がなくなったとして、敷地の9割において通常の作業服と使い捨てマスクの使用となった。しかし住民は安全になったとは感じていない。

 

何処に行っても嫌われる汚染土

専門家が言う「安全」と福島住民が思う「安心」には大きな乖離がある。一般市民からのコメントを見ると、「いまだ放射線を発生している土壌があるにもかかわらず、どこが安全なんだ。」という。国の環境庁関係者はIAEA(国際原子力機関)などの資料を持ち出し説明を行っているものの、住民とのギャップは解消されていない。韓国が日本の漁獲に関しクレームをつけるのと同じ感覚がある。いかに説明会を続けられるか、いかなるデスカッションを開くことができるかが今後の分かれ道ということになる。
2011年3月に起きた東東北地震は、大きな津波によって福島第一原発を破壊した。壊れたものは作り直せばよい。しかし原子力発電所から出た大量の放射能は福島県内にちりばめられた。その結果大量の汚染土が生まれたのである。壊れたものは着く直せばよいが、汚れた土壌は捨てればよいというわけにはいかない。汚れた土壌(汚染土)をだれもが引き受けてくれないのだから。
福島原発事故直後は放射能濃度も高いことは当然想定しているが、10年と過ぎた今でも汚染土の処理に頭を悩ましているのは、地元の住民だけではない。

汚染土除染における自治体への説明会

汚染土は一旦は施設に集められ、その後、大熊町と双葉町で貯蔵することになった。彼らに言わせれば、「説明会で丸め込まれた気がする」と憤りを隠せないでいる。その理由は、「売れない土地を国が買ってやっているのだ、ありがたく思え。」という国の横暴による説明だと関係者は言う。「持って行き場がない土地(汚染土)ですから、一時的に貸すことはしょうがないと思っている。」「自宅は売ったが、農地は売っていない」つまり契約書に書かれた文言を信用するしかないと住民は言う。現在まで東京ドーム11杯分が搬入され、搬入された時点から30年以内に移転することが契約書には記載されている。地権者は国と自治体との交渉では「自治体が丸め込まれてしまうのではないか」という危機感を感じている。そのためには、新たな団体を作り上げるしかないと自治体の有識者は考えている。
中間貯蔵施設への見学者は5万人を超えるという。ここでは8000ベクレル/kg (放射線の強さを示す)を超えるものは1/4、のこり3/4 は再生利用として使える。8000ベクレル/kg(放射線の強さを示す)以下ということは1ミリシーベルト(健康への影響に大きさ)を超えない範疇にあるということである。

汚染土で働く作業員の年間被ばく線量

「安全だから安心だ」と言われると必ずしも福島の住民は安心ではないという。地元地域民とお互いに納得できる形で対話をかさね、合意したうえで汚染土の再生処理を進めていく必要がある。汚染土壌の再生利用について知っている人は、福島県内で約半数、県外では15%しかいない。農地として除去土壌が使えるかどうか、そのうえで、作業する人が安全かどうかについて、福島地方環境事務所の答弁は5000ベクレルの汚染土に一般の土を30㎝盛り土を行うと97.5%放射線を遮る効果があると報告した。50㎝の盛り土を行えば99%の放射線を遮る効果があると答えている。これまでに収穫した農作物は1㎏あたり0.1から0.2ベクレルであり、食品の基準値100ベクレルをはるかに下回っているとしている。

汚染土再生使用における実証事業とは

26年1月、高市首相は汚染土の再生利用について、トップセールスを行うとしたが、現実には実証事業は相次いでとん挫している。全国で汚染土の負担するというのは一つの考え方ではある。しかし、その事業を広めるというのは、だれが、どのような手法で、何時からやろうとしているのかわからない。
説明会には汚染土ロードマップが提案されたというが、スケジュールは書かれていない。いつどのような状況になったら、完了となるのだろうか。現在候補地として、手を挙げている県が5つあるとの報告はあるが、彼らの出している条件が同じではないだろう。特に候補地の方々と交渉を行っていく中でどういう状況になったら完了となるかを候補地別やるしかないであろう。今後は有識者会議で最終処分する量を技術的に減らすことはできないかを検討していくことになる。
問題となるのは「安全」の枠、今後いかに大きくなろうとも、「安心」の枠が小さくはならないということを肝に銘じる必要があるのではないか。安心の枠が小さくならない限り、実証事業を遂行することは難しい。政府寄りの知識人、住民よりの知識人を含めた対話を重ね、デスカッションを繰り返し、説明会を幾度も繰り返すしか、方策はないと考える。

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